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ありゃま通信
2011
DEC.

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2011年12月22日(木)
緊急のお知らせ
「福島原発事故≪子ども・みらい☆広島≫ボランティア」
緊急のご案内です。よろしくお願いします。

2011年 ヒロシマ・ウインター・ステイ〜にご参加を〜          
主催】
 子ども・みらい☆広島

日時 2011年12月27日
    (日時に多少の変更があるかもしれません)〜1月初旬

場所 広島市、および近郊

内容 福島県および周辺の福島第一原発事故による放射能被害に不安・不自由を感じて、おられるお子様、あるいは妊娠中の女性のおられるご家族に、広島市で年末・年始を過ごして、リフレッシュしていただき、短期・中期・長期の移住を考える機会にしていただくプロジェクトです。

滞在形態
   ―個人宅提供1件 家具付(所在地、熊野町、全期間)
   ―その他個人住宅・マンション 家具付(募集中)
   ―公的施設
    (12月27日〜30日、1月4日〜空室、
     その他交渉中)

人数 若干名(1家族〜数家族)

経費 自己負担:広島までの交通費・生活実費、宿泊費:無料

実施 《子ども・みらい☆広島》サポーター(募集中!)

   「サテライト疎開を実現する会」メンバー・サポーター

   広島修道大学学生ボランティア

応募方法 ステイ希望のご家族の代表者・各メンバー(お子様も含む)のお名前、生年月日、年齢、現住所、連絡先:電話番号(ケイタイも)、メール・アドレスを明記のうえ
      kanasugi@orange.ocn.ne.jp(金杉恭子)まで、
メールでお申し込みください。


 参加希望理由・ご希望の活動等ありましたら、簡単にお知らせくだされば幸いです。

備考
* サッカー教室・英会話教室・カウントダウンパーテイ等イベント交渉中!近日確定!

2011年12月11日(日)
春を恨んだりはしない
Pさんが図書館で借りてきてくれた。
「春を」つまり「自然を」恨んだりはしない…シンボリスカの詩行をタイトルにした池沢夏樹のこの本。読み応えはあった。

「眺めとの別れ」 ヴィスワヴァ・シンボルスカ
またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない
(以下略)


わたしたちは、およそ春を惜しむとは言っても、春を(自然を)恨むということはない。
発想の根源にない。
このことは、池沢が書いている「神」と「信仰」のこととしてもわたしには明らかなことに思える。
(「信」について−後記)


さて、わたしは、その前にまた『方丈記』を読んだ。
いや、その前にまた内田百閧フ『新方丈記』を読み始めていた。(『方丈記』のくだらなさ!それにもまして内田百閧フくだらなさ!その愚かさが文学というものだろう…などとは思う。)

これらのことについては書くことがたくさんある。別の機会に書くとしよう。
2011年12月8日(木)
玄侑宗久『福島に生きる』を読む
これまで読んだ玄侑宗久さんの本の中でいちばん読みやすいものだった。だが、私が期待していたものとは微妙に違っていたとも言える。
著者が言いたいことは実によくわかる気がするし、およそ同感できる。
しかし、内容はとてもジャーナリスティックである。
たしかに、わたしは福島原発事故や原発そのものに関して書かれたものを多く読んできたわけではない。そう言う意味では、強い関心がある内容だし、よく書かれていると思う。具体的な状況や「復興」についての意見も共感する。
でも、これを玄侑さんが書かなければならず、それを、玄侑さんの文章として読む…(
そういう全体に対して)違和感がある。
それでもおすすめである。
(何を今さら!かくごしたのか)

NOVEMBER

2011年11月29日(火)
つくづくと下流と思ふ寒さかな
シモトさんガ当選シタラ大阪ハニューヨークにナルぜ

…と大阪に滞在するアメリカ人(黒人)青年がうれしそうに言った(TV)。
けっこう「言えてる」かも知れない。ますますの格差社会という意味で。
彼が言うアシモトさんは、浮かれ気分で遊んでいる金持ちの代弁者。
独裁者でも、変革者でもない。そう思う人は、半分マスコミが作り上げた虚像にはめられている。

もの聞けば耳朶寒し大阪の
2011年11月18日(金)
人師にんしを求めず」について
人師を求めず、人師とならず

人間は「凡夫」以上でも以下でもない。したがって、生きて仏に成ることもなければ、悟ることもない。<阿弥陀仏の救済>の前で、人は等しく煩悩具足の悪人でしかない。

そういう前提に立てば、生きて他者の師となることはありえず、また、師の弟子と成ることも叶わない。

阿満利麿の本著によれば、<信仰上の指導者のことを、「善知識」とか「人師」と>呼ぶ。が、「人師」はニホンにおいて、たえず<常人とは異なる、特別の「霊力」の保持者>を期待され、またそのような先入観をもたれてきた。
霊力ある宗教家の否定は、「本願念仏」だけが、よく実現した>が、それでも、それらへの<期待は、たえず復活し続け>てきた。
人師は求めるべきではなく、また自ら人師となることなどもってのほかといわざるを得ない。
……以上が、人師を求めず、という事の内容だ。

たとえば、かのオウム真理教事件の裁判が確定直前になっている今日、その教団の組織(理論)的な重要な問題が、麻原某という凡庸な詐欺師を人師として祭り上げた、会員の思想的な未熟さにあった、ということは今や明らかである。

この仏教(においても)重要な思想的課題は、私たちの常識からトンでいる場合が多い。ここでは、とりあえず、この点だけを指摘しておきます。
2011年11月13日(日)
「親鸞、いまを生きる」

今日、届いた。
さっそく一読。感動した。
その中味は、いろいろあるから、どこかで私なりの感想を述べたい。
そのタイトルは「人師を求めず」ということになるだろう。

2011年11月12日(土)
小春日の蛇(ジムグリ)

今日は、暖かな小春日。

友人が
「珍しい蛇をみつけた。もっていくからみてくれ」
と言って訪ねてくれた。
…懐かしのジムグリ!(幼生)ではないか。―というのも、昔、川沿いの仕事先で同じ種類の蛇が「穴惑い」するとき(つまりこの時期)、建物の中にしょっちゅう入り込んでいたのでよく見ていたからよく知っていた。


だが、普段はそんなにたびたびお目にかかれる蛇ではない。

最近ではペットにされているらしいが…。
見事な色と言い模様といい、おとなしい性格までペットにされてしまう悲しさ。

昔は、写真に撮るなど思いもしなかったので、ようやく貴重な機会をいただいたわけだ。
この友人は、以前、シロマダラを発見し、私を呼んでくれた(私はそれがシロマダラを最初に見た!)その友である。

2011年11月8日(火)
立冬!

今日は、立冬らしく寒い日になった。
蔦の葉も落ちていた。白っぽい根のようなものも数が減っている。何?

2011年11月4日(金)
ありゃあなんだ?

ありゃあ何?
枯れ木にツタがからまって紅葉しているのを撮影したいと思っていたのだが、あのてっぺんの根が生えたような白いものは何?
  ↓もうちょっとわかりやすい写真
 
 今日まで気がつかなかった。調べたらわかるだろうか。。

2011年11月4日(金)
竜胆の咲く

晩秋というよりも秋の暮れ、それよりも「最後の秋」…と呼ぼうか。
暖かだが足が冷える。
そんな昼前、久しぶりに山際へ。歩くのが辛い。
りんどうが咲いていた。
  
野菊も。西日が射さない場所で、りゅうのう菊も。

2011年11月3日(木)
「小夏日」??!!

11月はじめの「夏日」を「小夏日」というらしい(気象予報士など…)。
今日が、そんな日だというが、標高が高いこの地では家の中はやや寒い感じ。
近場の「私設公園」の紅葉。

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