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番外編・猫の日(毎年2月22日)

私の歳時記

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「猫の日」の頃


「猫の日」の頃

猫の日
 今年(2006)になって「猫の日」というものがあり、それが毎年2月22日とされていることを知った。
 この時期は、例年なら猫の恋さかんな頃である。
 うちの愛猫は、ちょうど1歳で5匹の子を生んで、その年避妊手術をしたため、3歳の今は恋をしない。わがままで、気位ばかりが高く、自分勝手な(これらこそ猫という動物の特徴だが)この猫が、1歳にして懸命な子育てをした姿は、凛々しいとしかいいようがない見事なものだった。
 いい子たちが育ち、良縁があってそれぞれもらわれていった。
 仔猫たちとの日々は、今でも胸きゅんな思い出ばかりが残っている。
 さて、猫の季語は、ただひとつこの「猫の恋」につきるといってもいい。猫はすさまじき恋をする。
 「猫さかる」とか「猫の子」「仔猫」「親猫」なども季語になるが、いずれも「猫の恋」に関連するものである。
 これに「猫の日」が加わるかどうか。私は加えてもいいと思う。


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[追記] 
 2010年(平成22年)2月22日は「2」が5つ重なるというので、記念切符などがたくさん売れたそうです。また、この日は「双子の日」になったとか。

  
返事などして朧夜の猫なりし(寺井谷子)

 2010年「NHK俳句」に掲載された寺井さんの句。「返事
などして」がとても軽くていいですね。
 うちのhanaも、おかげさまで元気に猫しています。
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  ランボーを五行とびこす恋猫や(寺山修司)

猫じゃらしと・・
 猫がつく季語は他にいくつかある。その一つ「猫じゃらし」は秋。
 おなじみの草の名で、猫そのものの季語ではない。別名は「狗尾草(えのころくさ)」、またえのこ草、犬子草とも。
 このエノコログサにふつう3種類があることを去年知った。なんともの知らずか…と、また自分であきれた。
 まず、いわゆる「猫じゃらし」と呼ぶエノコログサ。
 キンエノコロという金色に近い花序をつける種。
 それにアキノエノコログサ。これはやや長く、花序が緑色で先が垂れる。
 よく見ればたしかにそのとおりだ。



 もうひとつ。行火(あんか)を「猫火鉢」ときには単に「猫」と呼ぶので、「猫」を冬の季語にあげる人もある。


愁い

  春愁や猫の片目で見られをり(時雨)

 この句の季語は「春愁」である。
 うつうつと長い冬籠りをぬけて見れば、そこにはすでに愁い深き季節が待っている。
 ――おやおや。夏にも籠り、秋は物思いに沈むのだから、なにごとをも想わなかった頃こそ懐かしいといわざるをえない――
 その愁いを猫に見透かされている、と詠んだ。

 私が大好きな蕪村の句の一つ、

  
愁ひつゝ丘にのぼれば花茨(蕪村)

は、春愁ではなく、夏の愁いであろう。人生は憂愁とともにしかありえないのだろうか。


地球温暖化
 今年(2006)2月20日だったか。
 猫の日の直前、驚くほど大きな雪片が降った。
 牡丹の花びらの倍以上もあろうかと言うほど大きな雪片が降ってくる。長い方が10cmあるように見えた。もちろん大中小の雪片に混ざってのことだ。
 大きな雪片が降ることはよくある。しかし、こんな大きなものは見たことも聞いたこともなかった。うちつづく天変地異に胸が騒ぐ。地球温暖化の危険が伝えられている。
 この冬の大雪も、その前ぶれのひとつだったのではないか。記録的な大雪にうんざりしながら春を待ち望むばかりである。


  雪激し人類滅亡の日のごとく(時雨)


風生忌
 あとで「猫の日」2月22日は風生忌でもあることを知った。
 ちょうど旧き俳友から、風生の名で編集発行された「若葉年刊句集・第二集」を送られたばかりだった。
 その句集冒頭に風生の次の句があった。

 生きることやうやく楽し老の春(富安風生)


[追記]猫柳


 「猫」がつく季語がもう一つ。
 猫柳。
 河川の土手などに自生する柳で、早春に猫の尻尾に似た花をつける。いまではこの地にも少なくなりましたが、ひろく知られ、愛される植物の一つです。


   来てみればほゝけちらして猫柳(細見綾子)

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