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●蛇 へび
くちなわ・かがち・ながむし、とも言う。これらは、単なる古語というよりまだ方言の中に生きている言葉である。
■蛇穴を出る 蛇出る (春)
■蛇 蛇の皮 蛇衣を脱ぐ (夏)
■蛇穴に入る 穴惑い 秋の蛇 (秋)
穴惑いするシマヘビ(2005.10.17)
●蛇
蛇くふときけばおそろし雉の声 芭蕉
芭蕉のこの句は、「雉の声」が季語となるので、ふつう蛇の句としてとり上げることはない。あれほど旅を重ねた芭蕉も、さすがに蛇は嫌いだったのか。雉の声に蛇をもちだした。
■蛇穴を出る 蛇出る
けっこうな御世とや蛇も穴を出る 一茶
春が来て、蛇が穴を出る。「けっこうなみ世」というではないか・・。
穴を出て古石垣の蛇細し 正岡子規
蛇穴をいでて耕す日に新た 飯田蛇笏
蛇いでてすぐに女人に会ひにけり 橋本多佳子
女性が蛇嫌いという前提で、蛇が穴から出て、悪いことにすぐ女性に会ったというのである。
蛇出でてすぐ少年の手にかかる 山口波津女
これは、穴を出た蛇が運悪く、蛇を恐れずむしろもてあそび、殺してしまうかもしれない少年にみつけられて、その手にかかったという。昔は、こんな少年が多くいた。蛇をおそれるのは「男子にあらず」・・のような。
蛇に慣れてしまうと怖いものではないと知るのである。それでも、蛇をポケットに入れて持ち歩きいたずらする少年はどこか屈折した感じの子だった。
蛇穴を出て水音をききにけり 三橋鷹女
■蛇
蛇逃げて我を見し眼の草に残る 高浜虚子
虚子の蛇の句では
〈蛇穴を出てみれば周の天下なり〉
のほうが人気がある。しかし、その理屈より、「蛇の眼」のほうが即物的、具体的で私は好きだ。
全長のさだまりて蛇すすむなり 山口誓子
水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首 阿波野青畝
蛇泳ぐ波をひきたる首(こうべ)かな 高野素十
石仏やどこかに蛇の卵熟れ 石田波郷
蛇の卵が熟れる・・などという句を発想できる人は波郷いがいにあるだろうか。まして、いまや、動物園やペットショップの、外国産の蛇しか知らない人が多いという時代・・。》》→卵の句→》》
蛇もまた人間嫌ひひた逃ぐる 右城暮石
まったく、蛇の最大の天敵は人間であろう。いまでこそ都市社会で、蛇は人間に会う確率は少なくなっただろうが、昔は蛇を見たら「とにかく殺す」というような世の中だった。いまだってその残虐さは少しも衰えていないが・・。
殺されて流れきし蛇長すぎる 秋元不死男
長すぎる蛇・・なら、アオダイショウかシマヘビだろう。長く見えたというだけではなく、1.5m〜2.0mもあろうかという大物だったに違いない。
この句に、
〈蛇の血の草に滴りすぐ乾く〉加藤知世子
を加えれば、人間に殺された膨大な蛇の怨念が見える気がする。蛇の血は赤い。
しかも、自動車社会になって、轢死した蛇も無数だろう。蛇が生き延びるには道路は最悪の場所だ。それでも、道路を横断しないで暮らすには田舎も狭くなった。
蛇いつも此処にこの刻草を分け 星野立子
蛇は変温動物だから、春と秋には、朝のうち日に当たって身体をあたためないと動けない。それで、同じ時間に同じ場所によこたわるのである。また暑すぎても動けないから、そのときは水に入るなど身体を冷やす。
そのことを知ってかしらずか、立子らしい素直な表現である。
蛇を見て光りし眼もちあるく 野澤節子
生家なる生れ生れの赤き蛇 細見綾子
「赤き蛇」はヤマカガシ(赤棟蛇)ではないか、と思われているらしいが、ヤマカガシが赤いともいえない。むしろ、シマヘビの幼蛇か赤いジムグリではなかろうか。「赤き蛇」と言われるとそういうことも考えてしまう。(作者の生家は丹波山中の盆地だという。)「赤い蛇」というのは、たとえな「腹が真っ赤な大蛇」などというような民間伝承としてよくある話である。
畦草に乗るくちなわ(蛇=原句)の重さかな 飯島晴子
蛇は、畦の草のみならず稲の株にも乗って、らくらくとわたる。この場合は、蛇の軽さより重さを強調している。
蛇の眼は野の全景をおさめたり 宇多喜代子
蛇の目はおおむね丸い。古くは「蛇の目傘」というように円をデザインした傘がよく知られていた。
ただし、蛇は、種類によるかもしれないが、視力、聴力はよくないらしい。ニホンの陸上蛇はほとんど平面的にしか見えないという。
蛇には、あごの下に地面の振動を感知する能力がある。これと舌の先の嗅覚がよく発達しているという。
■蛇の名
軽雷や松を下りくる赤棟蛇(やまかがし) 水原秋桜子
赤棟蛇(やまかがし)踊っていたる墳墓かな 金子兜太
撓ひ(しない)飛ぶ青大将を飼育せむ 三橋敏雄
蝮(まむし)割くところをとほりあはせたる 富安風生
曇天や蝮生き居る壜の中 芥川龍之介
手捕ったるハブを阿うんの一しごき 篠原鳳作
ニホンの蛇で、広く名が知られているのは、アオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ、それにマムシとハブくらいのものだろう。ヤマカガシを漢字で「赤棟蛇」と書くとは、俳句を読まなければ知りようがない。
■蛇の皮 蛇衣を脱ぐ
蛇の衣ぬぎてかけたる桜かな 許六
御仏の膝の上なり蛇の皮 一茶
はたはたと蛇のぬけがら吹かれたり 村上鬼城
蛇が脱皮した皮は、田園地帯なら普通にみかけるものだった。その皮を財布にしのばせておくと金がどんどん入ってくる、という迷信もよく知られていた。「げんかつぎ」である。私も試みたが、反対に財布はいつも空になった。
■秋の蛇
舌の先美しければ秋の蛇 鷹羽狩行
二つに割れた蛇の舌がちろちろ動く様子は、蛇嫌いには印象が強いらしい。それを「美し」いと見た。
秋の蛇去れり一行詩のごとく 上田五千石
■穴惑い 蛇穴に入る
穴惑ひ石のごとくにゐたるかな 加藤楸邨
蛇穴に入る前すこし遊びけり 能村登四郎
穴に入る蛇あかあかとかがやけり 沢木欣一
草の根の蛇の眠りにとどきけり 桂 信子
「穴惑い」とは、冬眠する蛇が穴を探してうろうろするようすを言う。そして、穴がきまったらそこに入っていよいよ冬眠する。いい場所には、複数、まれには百匹単位の蛇がいっしょに冬眠するらしい。
穴惑いするカラスヘビ(2005.10.17)