◆正岡子規(まさおか・しき)
子規10句
渾沌をかりに名づけて海鼠かな *渾沌=こんとん 海鼠=なまこ
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
ツクツクボーシツクツクボーシばかりなり
菜の花やはつとあかるき町はずれ
黒きまで紫深き葡萄かな
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の十四五本もありぬべし
(絶筆 三句)
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな *糸瓜=へちま 痰=たん
痰一斗糸瓜の水も間に合はず
をとゝひのへちまの水も取らざりき
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子規、愛すべし
好きな句で言えば、
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鶏頭の十四五本もありぬべし
の2句です。
私のような「批判」好きでも、子規ばかりは敬愛することが精一杯で、批評めいたことが浮びません。
「10句」という無謀な試みも、子規の場合、一句をとる方がはるかに易しいように思えます。私の場合、この2句からどちらかを選べばいいのです。
どちらかというと、「鶏頭の」でしょうか。
あれほど雪の深さをたしかめたのに、鶏頭の本数は「だいたい」十四五本で済ますのです。俳句とは、そういうものなのだ、と、思い知るわけです。
どんどん積もる雪の深さを(と言っても東京の雪ですから一尺もつもりはしなかったでしょう)何度も聞く・・
病床から、庭の鶏頭を数えてみる・・
そんなふうな子規の俳句表現に対して、ただ、じっとしているほかない、そんな気分です。
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